お久しぶりです、3ヶ月の休止期間を終えて帰ってきた管理人です(記事執筆期間合わせて4ヶ月)。
前回の記事では、ブログを休止して3ヶ月間「イラストの修行」をすると告知しておりましたが……
結果から言うと、失敗しました。たった3週間で修行をやめてしまいました。
もっと言えば、それ以降の残り2ヶ月余りは、「絵描き」そのものをやめていました。
大口叩いてこの結果。このブログを畳んで逃げ出したいほど恥ずかしい!
しかし、これもまた「絵描きのリアル」。
駄目だったことも包み隠さずお伝えするのが、このブログのポリシー。恥を忍んで報告に戻ってきました。
修行をやり遂げ3ヶ月の上達の成果を見せることができず、読者の皆様をがっかりさせたかもしれません。本当に申し訳ない。
……とはいえ、「3週間で挫折した」からこそ得られたものもありました。
「インプット」と「本音」。
それこそが、描くことを長く楽しく続けるために最も大切なキーワードであったということに気付いたのです。
今回は上達のお披露目の代わりに、この「軽視しがち、でも描き続けるために必要な2つのこと」をテーマに3ヶ月を振り返っていきます。
もしあなたが
- やる気が出ない
- やる気はあるのに、空回りして何も完成しない
- 描きたいものがわからなくなってしまった
- 趣味で描いてるはずなのに、なんとなく趣味として楽しめなくて息苦しい
ことで悩んでいるなら、ぜひ続きも読んでいってください。
私の失敗談が、何か気付きのきっかけとなれば幸いです。
プロ志望の人も、趣味でやっていきたい人も。自分に必要なところだけつまみ読みがオススメです。
3ヶ月間、絵の修行をするつもりが……3週間で終了して絵描き引退!?
冗談でなく、私は3週間でイラスト修行をやめてしまいました。
更に「絵描きであろうとすること」すらも、一旦やめることにしました。
その理由は「最初の1枚すら完成させられなかった」から。
創作に対して、画力を向上させる以前の問題を抱えていることに気付いたからでした。
たった3週間の「修行ログ」
いったい、3週間で何が起きたのか……絵修行を始めて挫折するまでの話をここにまとめておきます。
1週目:立ち絵を描き始める
練習するにしても、まずは分析と比較のための絵を用意しなければ仕方がない。
とりあえず今後の資料も兼ねて、創作キャラの立ち絵を描くことにしました。
当ブログ看板娘のひとりをモデルに、通常頭身向けのデザインに調整しつつ進めていきます。
推しイラストレーターのキャラデザ本。今回挫折はしたが、この本自体は参考になるし絵が美麗で眼福。
教本を参考に、改めてキャラのコンセプトやポーズ案を詰めました。

それと並行して、ジェスチャードローイングや模写などの基礎練習も行っています。

馬以外にも、いろいろな哺乳類の描き方解説が載っています。獣系モンスターを描きたい方にもオススメ。
2週目:異常事態発生!急に手が止まる……
順調な滑り出しに見えたものの、異変は早くも訪れました。
ポーズを決めて、アタリのための3D素体も用意して、さあ描くぞ!……というタイミングで、全く筆が動かなくなってしまったのです。

資料集めが足りない?素体の作り方が悪かった?
……などと原因はいろいろと考えてみたものの、
解決のためには、きっとこれをすべき
……でもなんか、既に全然続きを描きたいと思えないんだ……!
そして、この絵を描くのは中断してしまいました。
3週目:練習の意義までも見失う
早々に制作を諦めて振り出しに戻るが、代わりに描きたいものも見つからず。
そこで、「描きたいものが見つかるまでは、練習やお題系落書きに取り組む」方針に切り替えました。
しばらくは手元にあった教本になんとなく取り組んでみたものの……ふと気付きます。
描きたいものがない状態でとりあえずやる練習って、習慣化以上の意味あるのか……?
習慣化にしても、これはただ「目的なく惰性で絵描きを続けている状態」なのでは……?
「練習そのものを目的にするな」とは、以前の記事にも自分で書いているのにね……

そもそも私は、絵が上手くなって何をしたいのか?
プロを目指しているのか?それともこのブログで「3ヶ月頑張って、こんなに画力が上がりました!」と上達自慢をしたいだけなのか?
どちらも違うはずだけど、じゃあ何だと聞かれたら答えられない。
そしてこんな目的を見失った状態で、あと2ヶ月続けて上達できるのか?
絵を描く理由を見失っていることすら、これまで私は気付いていなかったのです。
……本当は練習とも違うところに、自分のやるべきことがあるのかもしれない。もうやめよう!
これが3週間の顛末でした。
とはいえ、描きたいものを思い通りに描けるようになるのはそれだけで楽しい。初心者が「もっと描けるようになりたいけど本当に何から学べばいいかわからん」時には「とりあえず教本通りやってみる」もアリです。
愛を取り戻すまで、私は絵描きをやめる!
では、自分にとっての「本当に描きたいもの」や「絵を描き続ける理由」、「上達のために努力する理由」とは何なのか?
それを見つめ直すために私が下した決断は、
制作も練習も一切しない!
創作への愛や情熱を取り戻すまで、絵描きであること自体をやめるぞ!!
クリエイターという肩書き(にもならない何か)すら捨てて、インプットに全集中するということでした。
思い返せば、直近1年間の私の状況といえば以下のような状態……
- 以前から追っている作品の公式供給はほぼなく、他にハマっている作品もない
- ブログの執筆作業漬けで、ろくに外出も新規ジャンル開拓もしていない
- ノートの使用ページ数こそ例年より多いが、ほとんどがジェスチャードローイング練習
- 数少ない完成品のイラストも「ブログの素材として必要だったから」「楽に描ける絵柄で」描いただけ
練習や簡単な素材制作くらいはできても、「作品作るぞ!」と意気込んた途端、迷走して挫折するのも当然でした。
夢中になれるものもなく惰性でこなしていた空虚な心と、搾りカスみたいなアイデアから何かを生み出そうとしていたのだから。
そして、全力で遊ぶ!
修行をするはずだった3ヶ月の残りは、絵描きであることを忘れて、とにかく遊びます。
遊びに全集中期間のルールは、以下の通り。
- 一見創作に直接関係なさそうなことでも、興味が湧いたことは何でもやってみる
- 全力でコンテンツを楽しみ、少しでも惰性や義務を感じたらやめる
- 新しい作品に積極的に触れる。その際、ネタバレとなりうるものを読むこと禁止
- 絵の練習も作品制作もしない。描きたくなったら描いても良いが、公開を前提に考えない
自分の感性と素直に向き合い、質の良いインプットをするための「鉄の掟」です。
まあ、もしそれでも「絵を描く理由」が見つからず、創作意欲も戻ってこなかった場合は……本当に絵描きを引退してもいいかな。
未来の自分のためにも、これを引き際とするのもアリかもしれない。そんなつもりで臨みました。
残り2ヶ月「絵描きをやめて全力で遊んでみた」結果
そういうわけで、残りの2ヶ月はある意味「遊ぶのも修行のうち」と、気ままに外出したりひたすらゲームしたりしていたのですが……
結局、そのまま戻ってこられず完全に絵描きを引退……とはなりませんでした。
寧ろやっぱり自分は絵を描きたい!創作を続けたい!と、また心から思えるようになっていたのです。
興味の向くまま追ってみたら、アイデアが無限に湧いてきた
新しいコンテンツや情報に触れる度に新たな感動や発見があり、
- こういうのいいな!自分も作ってみたい
- このモチーフのこの要素好き。作品に取り入れたら面白そう
- 自分の創作世界だったら、こんな設定と展開にしたいな
- 今後のネタのために、これはもっと詳しく知りたい
……と、気付けば創作を前提とした考えが次々と頭に浮かんでいました。
そこから新しい創作の設定を考えてみたり、更に現実の歴史や事象を調べてみたり、ある時はVRoidをいじって3Dアバターを作ってみたり……
なんだ、結局自分は作ることをやめられない、根っからのクリエイターであったのか。
やりたいことが浮かばないのは、やはりインプットを疎かにしてガス欠状態になっていただけだったのか。
新鮮な知識や心の栄養の供給がなければ、創作は続けられない。それを痛感しました。
ちなみに管理人、これを機にいろんなゲーム作品に挑戦するつもりが、結局1つのタイトル(ユニコーンオーバーロード)を2ヶ月かけてクリアすることに……
まあ、めちゃくちゃハマって1周200時間かけても全く苦ではなかったので良しとします!
200時間以上夢中になったゲーム。戦記物王道ファンタジーやSRPGジャンル好きな方は是非。ここまで時間かけずとも難度ノーマル以下でストーリークリアだけなら通常70~100時間でいけるんじゃないかとは……思う……。
思い出した、自分の「原点」
ある時、何気なくゲームの公式画の模写をしていた私は、いつからか
- ちゃんとした作品を作らねばと気負いすぎていた
- 本当にやりたかったことを封印していた
ということに気付きました。
ただ、プレイの合間に模写でもラフ画でも好きなキャラを描いて、最後にクリア日とコメントを書き添えるだけで満たされた気分になっていた……
元々は人様に見せるために描いていたのでも、描くことに大層な意味があったわけでもない。
本来、私にとっての絵を描く理由とは「作品に触れた思い出や、心の中で見た風景を記録として残す」ことだったのです。
そして「絵を通して自分自身と静かに向き合っている時間」は、最高に癒されるものでもありました。
あの時のあのキャラの活躍、かっこよかったな。あの会話は面白かった。こんな変なプレイをしたな。
その思い出を絵に残して、宝物のように手元に置いておきたい……自分のファンアートの始まりも、そんな思いからでした。
それと同時に思い出したのが、絵を描き始めたばかりの頃から構想してキャラを公開していた、オリジナルのファンタジー創作のことでした。
世界観はそのまま、キャラ設定も舞台も物語も、今の感性と解釈で作り直したい。
名前と実績を捨てたことで、一度は表に出せなくなった世界。過去に公開済みだった設定もどうしようもなく破綻していて、もう触れることはないと思っていた……
でもやっぱり、あの世界がいいんだ。時が経った今改めて組み立て直して、キャラ達もそこに生きる人間として新たな名を与えて転生させてあげたい。
自分の世界の創作は、自分のやりたいようにやろう。
原点に立ち返ってようやく、それを自分に許せるようになった気がします。
描き続けるために必要だったのは、「インプット」と「本音」
私が3ヶ月の修行期間を経て「画力」の代わりに得たものは、上達よりもずっと大切な「教訓」でした。
「インプット」、そして「自分の本音」をないがしろにしてはいけない。
長く楽しく創作活動を続けるためにはこの二つが必要不可欠。
特に「何か描きたいはずなのに、描けない」と空回りする時は、このどちらか(あるいは両方)が足りていない、ということです。
それは何故なのか、自分なりに分析したことを解説します。
インプットなくしてアウトプットはできぬ
インプットとは「技法や練習法を学ぶ」「作画のための資料を集める」ことだけではありません。
それよりずっと重要なインプットこそ、「様々なモノや表現に触れて、ネタの引き出しを増やしたりセンスを磨いたり、心の栄養を補充したりする」ことです。
後者のインプットが足りないと、以下のようになりやすくなります。
- 「ネタの引き出し」がない→アイデアが浮かばない、似たようなものしか作れない
- 感性をアップデートしない→古くささ・垢ぬけなさから抜け出せない、マンネリ化
- 心動かされる体験に乏しい→自分の「表現したいもの」を見失う、作品のイメージが湧かない
そして「自分の表現がしっくりこない・伝わらない」「途中で自分の絵に飽きてしまう」「描きたいものがわからない」状態に陥り、描けなくなってしまうのです。
早く絵が上手くなりたいと思うほど、作品制作や基礎練習といった「アウトプット」に偏ったり、今すぐ成果に直結する実用的知識の収集にばかり目が行ったりしがちです。
しかしそれだけでは、いずれ「描けない」壁にぶつかってしまいます。
時には好きな作品に夢中になったり、もっと幅広く様々なモノに触れたりする「インプット」の時間を意識的に作ることも、同じくらい大切にしたいものです。
自分の「本音」が見えていないと、続かないししんどい
長く活動を続けている人の多くは、「楽しい!だから自然と続けられてしまう」という状態にあります。
そうなるためには、自分の「何故絵を描き続けるのか?」の“本音”と向き合わなくてはなりません。
「心の中で本当に望んでいること」と異なることをしても、そこに楽しさを感じられず情熱も注げないからです。
自分の本心を無視して描き続けても、やがて
- なんとなく義務感で描いている気がする
- 描こうとしても何故か描けない、すぐに飽きる
- しんどいばかりで、描くことの楽しさがわからない
- 描くことにどこか虚しさを感じる
という状態に陥って「続ける意味」を見失ってしまいます。
まさに、3週間で修行に挫折した今回の私のように……
自分にとって絵を描くこととは何か?
本当にやりたいことや表現したいものは何か?
その「心からの答え」に従い自分を満たす創作をしてこそ、「とにかく面倒くさくて仕方がない」工程を乗り越え続けられるのだと思います。
特にSNSでの活動が主流になった今、つい周りの反応を気にしたり他人と比べたりして、自分の「絵を描く本当の目的」や「本当に表現したいもの」を見失いやすくなっています。
創作活動に違和感を覚えるようになっていたら、自身の本音と食い違ったことをしているサインかもしれません。
そんな時は一度立ち止まって、己の心と向き合い「自分にとっての創作の根源」について深掘りして考えてみてください。
- 自己表現
- 思い出や愛、空想をただ形にしたい
- 描く行為そのものが楽しい、癒し
- 人を楽しませるための手段
etc…
「他者に依存しない」動機を見つける
「描き続ける理由」は人それぞれですし、どんなものであっても構いません(たとえ承認やお金のためでも、それを追い求めるのが楽しいと本気で思っているのなら)。
しかしその一方で、「他者からの評価」に依存しない軸を持っておくことも重要です。
コントロールできない他人をモチベーションのよすがとするのは、とても不安定だからです。
いいねをたくさん貰えて、ちやほやされて嬉しい!
という気持ちだけで描いていても、それが思うように得られなくなった途端
こんなにしんどい思いをしてまで描き続ける意味って……
と筆を折ってしまうでしょう。
実際に「いいね至上主義」の中で病んで消えていく創作者も多く見かけますし、私自身も知らぬ間にその沼に足を取られかけていました。
しかし、自分だけの確固たる「このために描いてる!」「これを表現したい!」があれば、創作への興味や意欲が尽きることはありません。
上手くいかなくて挫けても、何度でも立ち上がることができます。
長年創作を続けられている人は、この「自分ひとりでも描く動機」を持っている人、ともいえるかもしれません。
SNSから一旦離れてみたら、自分なりの「続ける理由」が見えてくるかも?

これからは「本当の意味で」趣味としてゆるくやっていきたい
今回のイラスト修行期間は、結局3週間で描くのをやめて、大半を遊んで過ごすという結果に終わりましたが……
おかげで、これまでの自分の根本的な問題点がはっきり見えてきました。
- 結果を出そうと焦りすぎて、広い意味でのインプットが足りていなかった
- 自分の本音を見失い、「うっすら義務感」で空回りしていた
その「うっすら義務感」の元凶こそ、「絵描き」というポジションにしがみついている執着心。
いつしか私は「描きたいものがあるから」描くのではなく、ただ人前で「絵描きであり続けるために」描いていたのかもしれません。
敢えて絵描きの立場から離れて、ただ日常と興味の探究を楽しむ。
その中で「本来の目的と、本当に表現したかったもの」を思い出したことでようやく、それに気づき執着を手放すことができました。
そしてこれからの私は、
「絵描きとして実績を作って、成果を上げなきゃ」と焦るのはやめる!
これからは「気まぐれに絵を描くゲーマー」くらいのゆるいノリで、数ある趣味のひとつとして楽しく描き続けていくぞ!
と、まず「ただ描くことを楽しむ人」であろうという決意を固めました。
今の気持ちを忘れない限り、もう迷うことはない。
今後のブログ運営について
また、今後はこのブログも、不定期気まぐれ更新で運営していこうと思っています。
ゆるく創作活動をする中で、いろんな人にシェアしたい!と思った情報を見つけた時に、気が向いたら記事を書くスタンスでいこうかと。
理由は単純に、従来のペースとクオリティでの更新がしんどいから。
「たとえ誇れる実績なんかなくても、自分の長年の絵描き経験が誰かの役に立てばいいな」と思って始めた当ブログ。
ただ、ブログ運営を「副業」として取り組むにあたって
- ちゃんと伝わるよう整った文章を書かないと
- 役に立つ記事を、もっとたくさん書かないと
- 収益化するまでは、遊ぶのも我慢して頑張らないと
と、無理をしていたように思います。
何でも深く考えすぎてしまうタチの私にとっては、月1記事でも全力投球で限界のペース。副業ブロガーには向いていなかったのかもしれません。リアルなところ、1年続けて未だ収益ゼロです……
修行名目で休止期間をとったのは、正直なところ「執筆に疲れて、休みたかった」部分も大きい。
「絵描きによる絵を楽しむためのブログ」なのに、その運営で「中の人が絵を描けなくなる」のも本末転倒ですしね。
これからはここも気楽にやらせてもらいますので、よろしくお願いします。
……などと、「修行に挫折した話」で7500文字以上長々と語る羽目になってしまいましたが、「これはこれでよかった」というオチに着地できてとりあえずほっとしています。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
『ジョジョ』でお馴染み荒木飛呂彦先生の創作論。なんとなく今の自分にぐっときたので紹介しておきます。
漫画以外の創作をする方にもオススメ!
スランプ脱却体験談なら、こちらの記事も参考に。


