Twitter(現X)での創作活動に疲れていませんか?
どうも、Twitterをやめて3年の管理人、冬鈴みちです。
フォロワー数やいいねの数を気にしてばかりで、本当に描きたいものが描けない。周りのペースについていけなくて、なんだか焦ってしまう……
そんな違和感を抱えている絵描きは少なくないと思います。
かつて10年間Twitterで活動し、3年前に完全にやめた私も、同じ悩みを抱えていました。
この記事では、私がTwitterでの創作活動をやめた理由と、やめてから起きたポジティブな変化について、私の体験談をもとに語ります。
SNSでの創作活動に疲れてしまった方や、やめようか迷っている方にとって、この記事が少しでも参考になれば幸いです。
私がTwitterをやめた理由
Twitterをやめた理由、これらを全て語ると記事が長くなりすぎてしまいそうなので、今回は「創作の拠点として」「創作者として」の視点に絞って挙げていきます。
その他の理由(ネガティブな情報・人間関係・炎上リスクなど)については、また別の記事にて深掘りしていく予定です。
とにかく遅筆絵描きに向いていない場所だった
Twitterと遅筆は、とにかく相性が悪いです。
- お祭り企画や流行タグになかなか参加できない
- クオリティよりも「旬かどうか」と「わかりやすさ」が評価に繋がりやすい
- すぐに他人の神絵が拡散されてくる
- 話題の移り変わりが激しい
- 投稿して数日で見てもらえなくなる
- まめにつぶやかないと名前を覚えてもらえない
お祭り企画や流行タグになかなか参加できない
季節のイベントや記念日など、特定の日までの「仕込み期間」がとれるのは良いほう。
突発的なお祭りやワンドロ(60分で1枚の絵を仕上げる)企画、その他諸々の創作系トレンドタグは、描いている間に祭りが終わったり、時間内に人にお見せできるようなもの描けなくてお蔵入りしたりしてしまいます。
遅筆だとトレンドに便乗しにくいので、いいねやフォロワーも増えにくいという点があります。
それよりも話題に乗れなくて寂しい。
クオリティよりも「旬かどうか」と「わかりやすさ」が評価に繋がりやすい
トレンドに便乗できないと評価が増えにくいというのは、上で述べた通り。
しかし誰もを惹きつける圧倒的な画力があれば、そんなの関係なく見てもらえるのでは……?と思いたいところですが、そうともいかないのがTwitterという場所です。
そもそも自分にそんな「圧倒的な画力」などなかった。
「時間をかけて描いた本気絵より、テキトーな落書きのほうがいいね数が伸びてしまって落ち込んだ」という経験をした方も多いのではないでしょうか。
「何気なく描いた人気キャラの絵ばかり伸びる」のも、普段マイナー描きやオリジナル描きにとってはフクザツなところです……
すぐに他人の神絵が拡散されてくる
特に二次創作で起こりがちなのですが、たとえば「あのキャラを描きたいな」と思ったり相互フォロワーと「こういうの見てみたいよね」という話になったりしたとき。
自分がその思いを形にする前に「自分よりずっと上手い誰かの描いたその絵」がTL(タイムライン)に流れてきて、更にたくさんRTやいいねをされているのを見てしまう。
もう、自分がわざわざ描かなくてもいいかな……
と、モチベーションが一気に下がります。ネタ被りしようものなら最悪です。
単純に、画力や筆の早さなどを「嫌でも他人と比べてしまって落ち込む」のもあります。
話題の移り変わりが激しい
たとえ「他人の神絵に先を越されず」「どうにかそれを形にできた」ところで、完成させたのが1ヶ月後だと、もうTLの誰もそれに興味を持っていない(自分自身も含む)ことだってありえる。
そうなった時には「今更需要のないもの、なんで描いたんだろう……」と虚しさに襲われます。
あと、気付いたらジャンル仲間がみんな別のジャンルに夢中になってて、自分がTLでぼっち化してるとか。
投稿して数日で見てもらえなくなる
頑張って描いた作品を、一瞬で「消費」されているような気がする……!
何でも一緒くたに流れていくTLの仕様により、作品を雑に扱われ、一日で忘れ去られていくような感覚は、一枚に魂を込める遅筆絵描きの心をじわじわと蝕んでいきます。
まめにつぶやかないと名前を覚えてもらえない
1ヶ月に1枚上げられるかどうかの遅筆だと、まず「絵描き」として認知すらされないという問題があります。
ファンはなかなかつきませんし、焦りがつのる一方です……
「共感」と「つながり」を重視し、更にスピードとライブ感を求められるTwitter。
ただでさえ他人ありきの活動に偏りがちなのに、目まぐるしいTLの消費速度も加わり常に周りに振り回されっぱなしに……
それでもついていこうと知らず知らずのうちに無理をして、疲弊しきっていました。
全然作品づくりをできていないことに気付いた
そんな合わない環境で無理して活動していることに気付かないまま、Twitterにのめり込んだ結果……
やがて泥沼のスランプに突入、納得いくものが何も描けなくなってしまいました。
「描いても描けない」一時的なスランプなら、仕方のないことといえるでしょう。
問題は、技術的なスランプが解消されつつあっても筆が進まず、「時間がない」「まだスランプ」などと言い訳をして、ほとんど絵を描いていなかったことです。
周りに置いていかれたくなくて、話題を追うことやつぶやきを優先する……誰かの作品を見て、描けない自分に落ち込む……あれ?
もう何年も、ろくに作品を世に出していないような気がする。
練習を頑張っているわけでも、別の形でのクリエイティブ活動に力を入れているわけでもない。
気付けば何も生み出せないまま、目の前の情報の洪水に溺れながら時間だけが過ぎていく日々。
そんな自分が、はたして「クリエイター」を名乗り続けていいのか……?
そのような疑問を抱き始め「絵描きとしてのアイデンティティ」は崩壊寸前、ついに劣等感と自己嫌悪に押しつぶされ耐えきれなくなってしまいました。
Twitterを始める前は、楽しく絵を描いて、絵描き仲間達とも創作を通じてもっと楽しく交流できていたのにな……
ふと、そんなことを思い出し……もしかして今の自分がつらいのはTwitterのせいではないか。
それにようやく気付いた私は、ついに10年続けたTwitterからの撤退を決意するに至りました。
Twitterをやめてから起きた変化
Twitterをやめてからは、はてなブログやpixivを経て、個人サイトを主な拠点として活動するようになりました。
それによって私の創作に起きた変化について語ります。
他人の評価から解放され、純粋に創作を楽しめるようになった
Twitterでしか交流のない人が多すぎる。
やめた結果、別の場所で交流を続ける絵描き仲間がたった一人になってしまいました。
むしろ、管理人のけっして広くない交友関係の中で一人でも残ったのが奇跡なのでは……?
一応、長年親しくやりとりしていた相互フォロワーは何人もいます。
しかし多少気にかけてはくれても、外部のサイトまで足しげく通ってくれる人や、ましてや直接メッセージを送るといった手間までかけてくれる人はほとんど現れない程度には、Twitterでのフォロー関係とは希薄なものです。
その代わり、SNSの外での評価には惰性や打算はありません。
確かに交流が減って寂しい思いはしましたが、それでもついてきてくれる人や、通りすがりの閲覧者がつけていく「いいね!」は本物。
お世辞抜きの「いいね」ひとつに心から喜べるようになったのは大きな変化でした。
またTwitterでは無意識のうちにフォロワーからの需要を気にしてネタを選んだり、描くことに義務感をもっていたところもあったのでしょう。
やめてからは、「描かなきゃ」ではなく「描きたい!」という創作意欲が自然と湧いてくるようにもなりました。
孤独なのも、悪いことばかりではありません。
孤独の中で自分の内面と向き合い、「自分主体の創作」を取り戻せた気がします。
創作とは本来、孤独なものなのかもしれません……
浮いた時間を「描くこと」と「インプット」に使えるようになった
四六時中Twitterを気にし毎日数時間TLに張り付くということがなくなったので、その分の浮いた時間を創作に向き合うことに使えるようになりました。
「忙しくて絵を描く時間がない」と思っていたのに、Twitterを見なければそれをやる時間は十分にあった。
そのことにようやく気付いたのです。
TLを眺めるだけで毎日どれだけの時間を無駄にしていたか、思い知って愕然としますよ……
とはいえ、浮いた時間の全てを描くことに費やしたわけではありません。
まずは数年前にかじったきりだったHTMLとCSSを学び直し、個人サイトを作ることに。
出来上がったサイトを気ままに更新しつつ、好きなゲームやずっと後回しにしていた部屋の片付け、新たに興味を持ったフランス語の勉強などにも没頭しました。
一見、絵とは関係のない活動のようですが、これらも創作のインプットや精神的安定に繋がります。
制作枚数自体が大きく増えることはなくても、以前より作業に集中でき、ネタも浮かぶようになり、結果的に創作の質が向上しました。
たくさん描く、インプットを増やす、環境を見直してみる……浮いた時間の使い方は自由です!
描かないことを焦らせるものもありませんし、「描かない時間」も以前より有意義に過ごせます。
本当に描きたいものが見つかり、上達を実感した
Twitterから離れたことで、強制的に他人と比較させ心を乱す数字や、大量のノイズ情報が目に入らなくなり、メンタルに余裕が生まれました。
以前より創作のことで落ち込む頻度は減り、自分の「好き」や「やりたいこと」がクリアに見えるようになったのです。
SNSを見なければ、トレンドやネタ被り、界隈の神絵師も気にせずに済みますしね。
この思考の変化は、私の創作活動に以下のような影響を与えました。
- 誰とも比べずに、自分の描きたいものに集中できるようになった
- 作品を最後まで仕上げる根気や達成感が戻ってきた
- 「どんな絵を描きたいか」「どうなりたいか」という目的意識が定まった
目的意識を持って練習に取り組めるようになった結果、試行錯誤や練習の質が上がり、以前よりも上達を実感できるようにもなりました。
誰の評価でもない、純粋な創作の喜び。
それを取り戻したことで、創作活動に対する満足度は以前よりずっと高くなったのです。
「自分のための創作」が、こんなに心満たされるものなんて!それをきっと思い出せます。
おわりに:SNSから離れて、「自分の創作」と向き合ってみよう
今回は、Twitter(X)での創作活動を10年間続けた私が、なぜそれをやめる選択をしたのか、そしてその後に起きた変化についてお話ししました。
いつからか見失っていた「自分のための創作」を、やめてようやく取り戻すことができた。
正直、もう戻りたいとは思えないほど、私はこの選択をして本当に良かったと感じています。
もちろん、「Twitterでの活動が楽しい!」と心から思えるのであれば、やめる必要はまったくありません。
でも、もしあなたが「SNSに疲れてしまった」「今の創作スタイルに違和感がある」と感じているなら、一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
無理をして続ける必要はありません。まずは1週間、いや、たった1日でもいいのでSNSから離れ、自分ひとりだけの創作と向き合ってみてください。
もしかしたら、「SNSでの承認を得るだけが創作活動じゃない」という、新たな気づきが得られるかもしれません。
あなたの創作人生が、もっと楽しく、もっと自由になることを願っています。
Twitterをやめた後の活動拠点については、こちら。


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